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吉岡聖恵「うたいろ」インタビュー

吉岡聖恵「うたいろ」インタビュー

 いきものがかりのヴォーカル・吉岡聖恵が、カヴァーアルバム『うたいろ』を10月24日にリリースする。現在、いきものがかりが“放牧中”だからこそ、一人のヴォーカリストとして様々な名曲と向き合い、今歌いたい曲、歌いたかった曲を選曲してカヴァーした今作には、「夢で逢えたら」(大瀧詠一)、「糸」(中島みゆき)、「少年」(ゆず)、「冷たい頬」(スピッツ)、「アイネクライネ」(米津玄師)の他、2019年に日本で開催される「ラグビーワールドカップ2019」のオフィシャルソング「World In Union」等が収録されている。
吉岡聖恵にソロヴォーカリストとして初のアルバムとなる『うたいろ』のことや放牧中の心境などを聞いた。

―いきものがかりは2017年1月から“放牧中”です。まず、吉岡さんは放牧中に何をしていたのか教えてください。

「放牧中は規則正しい生活を心がけていたので、超健康的な生活をしていました。最初の半年くらいは“歌う”ということをしていなかったので、歌から離れた生活をしていましたね。放牧したことで得るものや見えてくるものがあるだろうなって思っていたので、放牧中のいい経験が次の楽しいことに自然と繋がっていけばいいなと思っていました。料理を作ったり、なかなか会えなかった友達と会ったり、旅行へ行ったりして、とても穏やかな時間を過ごしていたんですけど、だんだん体がなまってきたので、ジムに行き出したり、自発的に歌の練習を始めていました」

―今回のカヴァーアルバム『うたいろ』に至るまでの経緯を教えてください。

「ちょうど歌の練習をし始めた時期だったと思うんですけど、大瀧詠一さんのコンピレーションアルバム(『EIICHI OHTAKI Song Book Ⅲ 大瀧詠一作品集Vol.3「夢で逢えたら」(1976~2018)』)のお話をいただいたんです。「夢で逢えたら」は好きな曲でしたし、これまで古今東西の歌手がカヴァーされた「夢で逢えたら」が完全収録される作品だと聞いて、とても興味が沸いて。直感的に「やりたい!」「私も歌いたい!」という衝動が自分の中にビビビッて(笑)。スタッフさんもビックリするくらい即答でした。放牧中も何かおもしろいことがあったらやってみたいなとは思っていたけれど、それまでは自分が何をやりたいのか具体的に自分の中で見えていなかったので、穏やかな時間を過ごしていた私にとって「夢で逢えたら」のカヴァーのお話をいただけたことは、放牧中の最初の転機だったと思います。そのあと、少し間を置いて中島みゆきさんの「糸」をカヴァーするお話をいただいたときに、自分が大好きな曲、憧れている曲を連続してカヴァーさせていただけることに私は運命的なものを感じたんですよね。それまでは自分がソロで歌うということをリアルに考えたことがなかったけれど、“自分が歌ったらどうなるんだろう”という興味に勝てない部分があったんです。この2曲に飛び込めたことで、ソロに対しての目覚めになったような気がしました」

―“自分が歌ったらどうなるんだろう“という衝動が、今回のカヴァーアルバム『うたいろ』に自然と繋がっていったんですね。

「「夢で逢えたら」と「糸」をレコーディングした時点では、まだカヴァーアルバムを作るということが具体的に決まっていなかったんです。でも、この2曲を歌わせていただいた時に、“そうか、ここまで行けるんだ!”って思えて。この先の何かに繋がる可能性を感じていたような気がします」

―“ここまで行けるんだ”というのは、どういうことですか?

「ここで飛び込まないでどうする!」っていう自分の中に生まれた衝動や、自分が歌ったらどうなるんだろう?というカバーに対する興味を「夢で逢えたら」と「糸」に託した時に、自分が思っていたよりもその楽曲がより広いものになったような感覚があったんです。自分が歌うことで、その楽曲に新しい色や新しい感触が生まれるって、とてもおもしろいなって。そういう感覚が新鮮だったし、今回のカヴァーアルバムの選曲をする際も、今、自分が歌いたい曲、歌ってみたい曲という大前提があった上で、自分が歌うことで新しい色や新しい感触が生まれそうな楽曲を選ぼうという選曲の方向性が決まっていきました」

―年代やジャンル、男性ヴォーカル曲、女性ヴォーカル曲を問わず、幅広い選曲がされています。どれも名曲で、存在感のある楽曲ばかりですが、吉岡聖恵はそれぞれの楽曲とどう向き合っていったのでしょう。

「いきものがかりでは、私は2人(水野良樹・山下穂尊)が作ってきた曲を聴いてくれる人に伝える歌い手という立ち位置でずっと歌ってきました。2人は私が歌うことを前提にしていきものがかりの曲や詞を書いているので、私は2人が書いた曲を初めて歌うときは“初めまして”という感じで、このへんだったら歌いやすいかな、このあたりだったらいいかなという感じで、歌いながら歌との距離感を掴んでいくんです。でも、カヴァーさせていただいた曲たちは、原曲やいろんな方がカヴァーされているのを、私もいちリスナーとして聴いてきたので、自分の中にその曲に対する自分なりのイメージみたいなものがすでにあるんですよね」

―原曲には作り手の思いはもちろん、いろんな方にカヴァーされてきたという曲としての人生がすでにある。

「そうなんです。そこを考えると、ソロで歌う時は“一人のヴォーカリスト”として歌うのだから、もっと自分の芯みたいなものをガツンと出さなきゃいけないんだと思っていたんです。でも、今回様々な楽曲をカヴァーさせていただいたことで、私の歌や思いがいろいろな方向に振れることができたのは、オリジナル曲がもともと“いい色”を持っているからだと思いました。その色に自分の色をプラスしたことで、枠を飛び越えて、それぞれの曲が自由になって新しい色が生まれた。自分の色を出すというよりは、曲がもともと持っているいい色を自分がどう出していくのかっていう向き合い方が、私としてはとても新鮮でした」

―「ラグビーワールドカップ2019」のオフィシャルソング「World In Union」は全編英語詞です。いきものがかりではやったことがなかった海外楽曲の英語詞に挑戦していますね。

「最初にスタッフさんからお話を聞いたときは、自分が歌えるかどうか、できるかできないかは別として、いままでいきものがかりでずっと日本語詞を歌ってきた自分が英語詞をどう歌うのかというところに興味が沸きましたね。あと、パッと聴いた方がこれを誰が歌っているかわからないかもしれないな、いきものがかりのヴォーカルの吉岡聖恵が英語詞を歌ってるの!?ってところをおもしろがってくれるんじゃないかなって思えたんですよね。で、これはすごくおもしろい!って、いい意味で客観的に思った自分がいた。そこから英語詞を歌う大変さに巻き込まれていったんですけど(苦笑)。とにかく、歌いたい!という衝動と、私が英語詞を歌ったらどうなるんだろう?という興味の方が先に立ってしまいました(笑)」

―英語詞を歌うのはそんなに大変だったんですか?

「いきものがかりの楽曲では、ほっちが作った「How to make it」で英語詞を歌ったことがありましたけど、今回はかなり英語の発音に苦労しました(苦笑)。口の開け方やノドの奥の広げ方も違うので、英語ができるスタッフさんや英語を教えてくれる先生にたくさん教えていただきました」

―短大でクラシックや声楽を勉強していたことが、この歌には活かされていますか?

「声楽は短大時代に少し垣間見たことがあったし、クラシックの楽曲をちゃんとクラシックの歌い方でやるのは、いきものがかりではやったことがなかったので、クラシックの歌い方で歌ってみるのもいいかもしれないと最初のうちは考えていたんです。でも、結局自分らしく歌おう、と。自分の色をこの曲に足すのであれば、J-POPをずっと歌ってきた自分の歌い方で歌おうと思いました。そうしたことで、英語詞であっても自分の色というのをこの楽曲の中に入れることができたんじゃないかなって思いました。まちがいなく自分がこれまでの人生の中で歌ってきた曲の中で、いちばんスケールが大きい曲になりました」

―アルバムタイトル『うたいろ』に込めた思いを教えてください。

「タイトルを決めるにあたって、“うたいろ”という言葉は割りとパッとすぐに出てきました。それぞれの曲はもともと“いい色”を持っていて、その色が自分が歌うことで自分の色も混ざった新鮮な色になっていたらいいな、曲が持っている色を自分なりに表現できたらいいなという思いがありました。あと、いろいろな時代のいろいろな色を持った曲をカバーしているので、その曲が持っている色に自分も染まれたらいいなって。そして、このアルバムの中にあるそれぞれの色たちを、聴いてくれる人たちに受け取ってもらえたらいいなという思いもありました」

―カヴァーアルバム『うたいろ』を作ったこと、様々な名曲をカヴァーしたことで、歌い手として新発見はありましたか?

「このアルバムを作っていたときの私の気持ちが、今回カヴァーさせていただいたゆずさんの「少年」の歌詞に重なったんです。「少年」の“今自分に出来る事をひたすらに流されずにやってみよう”という言葉が、すごく今の自分に当てはまるなって。ソロとして動き始めたときって、やっぱり恐る恐るだったんです。「やりたい!」「歌いたい!」って自分が決めたことでも、どうなっちゃうんだろう? 大丈夫なのかな?っていう気持ちも少なからずあった。でもね、よし、飛び込んじゃおう! どうなるかわかんないけど、やってみよう!って、いろいろな曲に飛び込んでいった自分の明るい気持ち、前向きな気持ちが、「少年」もそうですし、他のカヴァー曲にも表れている。“ひたすらに流されずにやってみよう”っていうメッセージが、今の私のモードにピッタリだった。スパーン!と振り切るっていう感覚をあらためて知ることができたし、鼓舞もされたし、心がパカーンと開く感じがすごくありました」

―『うたいろ』を作ったことで、これまで以上に歌うことが好きになったのでは?

「私は歌が好きなんだなってあらためて思いました。放牧中に自由気ままな時間を過ごしていたときに、歌って私にとって何なんだろう?と思ったこともあったけれど、歌ってみると、また歌との距離が近づいて、やっぱり歌っていいなって。いきものがかりで私は“歌う”ということを当たり前のようにやってきたけれど、このアルバムを作ったことで、私はやっぱり歌が好きなんだなって、いまさらながら思いました(笑)」